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名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)642号 判決

控訴人(一審原告)

早瀬亀吉

代理人

竹下伝吉

外一名

被控訴人(一審被告)

浅井輝久

外九名

代理人

佐治良三

外五名

主文

一、原判決中一審原告勝訴の部分を除きその余を取り消す。

二、一審被告肆矢、同佐藤を除く一審被告ら八名は、一審原告とともに別紙目録記載の土地につき愛知県知事に対し農地法第五条の規定による許可申請手続をなし、右許可があつたときは一審原告に対し、右土地につき名古屋法務局古沢出張所昭和三六年九月二五日受付第二六〇〇九号、原因昭和三六年九月一三日売買予約、権利者訴外山守清(同出張所昭和三八年四月一八日受付第一一六二九号附記登記、原因右同日譲渡、権利者一審原告)なる所有権移転請求権保全仮登記に基く本登記手続をせよ。

三、一審被告肆矢、同佐藤は一審原告が右本登記手続をなす場合においてはこれを承諾せよ。

四、一審被告肆矢の控訴を棄却する。

五、訴訟費用中一審被告肆矢の控訴費用は同人の負担とし、その余の部分は第一、二審とも一審被告らの負担とする。

六、この判決は、第四項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、訴外浅井輝雄(昭和三七年妻の氏を称する婚姻により羽沢と改姓。)が、昭和二七年八月二九日相続により本件土地〔編者注・名古屋市中川区内の田152.06平方メートル(一畝一六歩)〕の所有権を取得したこと、右訴外人が昭和三六年九月一三日訴外山守清に対し、本件土地を愛知県知事において宅地に転用する許可を与えることを条件として所有権を移転する旨の契約をなし、右山守において右権利を保全するため同年同月二五日本件土地につき名古屋法務局古沢出張所同日受付第二六〇〇九号をもつて同年一三日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をなしたこと、その後、昭和四一年二月一一日にいたり本件土地につき一審被告肆矢のため同四〇年一一月二二日売買を原因とする所有権移転登記が、また、一審被告佐藤のため同四一年一月三一日停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転仮登記並びに右同日設定契約を原因とする根抵当権設定登記がなされたこと、以上の事実は一審被告浅井との関係については民訴法一四〇条三項によりこれを自白したものとみなされ、一審被告服部両名、同細尾との関係においては、〈証拠〉を綜合してこれを認めることができ、その余の一審被告らはいずれもこれを認めている。

二、一審原告が、昭和三八年四月一八日訴外山守から本件土地に関する同人の権利の譲渡を受け、即日前記古沢出張所受付第一一六二九号をもつてその旨附記登記をなしたことは、一審被告兵藤はこれを認め、一審被告浅井との関係では民訴法一四〇条三項によりこれを自白したものとみなされ、その余の一審被告らとの関係では、〈証拠〉を綜合してこれを認めることができる。しかして、〈証拠〉を綜合すれば、訴外山守清は、昭和三六年九月一三日当時の所有者浅井輝雄から本件土地を買い受けたが、本件土地は農地であつて、農業を営んでいない山守はこれにつき所有権移転登記を受けることができないので、ひとまず、前記のように所有権移転請求権保全仮登記をなしたうえ、代金全額を支払い、浅井輝雄の署名捺印ある本件土地の売渡証書、地目変換および売買による所有権移転登記用の委任状、同人の印鑑証明書等を受け取つていること、しかるに、本件土地につき所有権移転の本登記がなされないうち、昭和三八年四月頃右山守は訴外高木基臣の仲介により前記浅井との売買契約による権利を一坪当り三万円の割合で一審原告に譲渡し、同月一八日前記認定のように所有権移転請求権保全の仮登記につき譲渡を原因とする附記登記を経由したこと、その際一審原告は右高木の指示により後日羽沢(浅井)輝雄から間違いなく本登記を受けることができるようにするためのことで、右同日羽沢との間で、「一審原告は、本件土地を羽沢から代金六〇万円で買い受ける。羽沢は一審原告の請求があつたときは本件土地を宅地に転用するための許可申請手続をなす。右許可があつたときは、羽沢は一審原告に対し所有権移転登記手続をなす。」ことを要旨とする不動産売買契約公正証書を作成したうえ、六〇万円を羽沢に支払つたこと等の事実を認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実関係によれば、山守清は農地法五条所定の愛知県知事の許可を条件として本件土地を浅井輝雄から買い受け所有権移転請求権保全の仮登記を取得し、次いで右売買契約上の買主たる地位を一審原告に譲渡し右仮登記につき譲渡の附記登記をなしたのであるから、これにより一審原告は右浅井に対し直接買主たる地位に立つにいたつたものというべく、次いで、一審原告は右浅井(羽沢)に対し本件土地につき宅地に転用する許可申請手続をなすべきことおよび右許可ありたるときは一審原告のため所有権移転登記手続をなすべきことを約せしめ、もつて、右買主たる地位の譲渡につき右浅井(羽沢)の承諾を得たのであるから、これによつて、直接右浅井(羽沢)に対し本件土地につき愛知県知事に対する転用許可申請並びに右許可ありたるときにおいて前記仮登記の本登記手続をなすべきことを求め得るにいたつたものというべきである。もつとも、右浅井(羽沢)の一審原告に対する右許可申請並びに登記手続をなすことの承諾は形式的には、両者の間の売買契約の条項として合意されたものではあるけれども、右は一審原告や高木基臣が法律に暗かつたため売買契約の形式を践んだにすぎず、その真意は本件土地を重ねて浅井(羽沢)から買い受けるというにあつたものではなく(浅井に支払われた六〇万円は本件土地の売買代金としては著しく低額である。)、山守より取得した仮登記に基づく地位を保持しつつ、確実に右浅井(羽沢)より本件土地の移転登記を得ようとするにあつたことは疑いを容れないから、右合意が形式上売買契約の条項の一部とされていることはいまだもつて前記のように解することの妨げとなるものではない。

なお、右のように解すると、買主たる地位の譲渡を受けた者と当初の売主たる農地所有者とが(中間者を省略して)農地法五条の許可申請をなすことを認めることになり、中間者が右法条所定の許可を与えるに値しないような者であつた場合において不当な結果を生ずるとの非難があり得るであろう。しかしながら、農地の買主からその地位の譲渡を受けた者が、該譲渡につき所有者(当初の売主)の承諾を得、かつ、これに対し直接自己と共同して前記許可申請をなすべきことを約せしめている場合においては、右地位譲受人は法律上、所有者に対し直接の買主たる地位に立つものであるから、この者が、所有者に対し前記許可申請をなすにつき協力を請求する権利を有することを否定する根拠はこれを見出し得ない。両者の間に中間者が介在している事実があり、これが因をなして農地転用許可が与えられないことがあり得るとしても、右は許可申請のなされた後、行政庁がその専権により決すべきことがらであつて、かかる危惧が存するの一事をもつて、裁判所は、前記のごとき地位譲受人が農地所有者に転用許可申請についての協力を訴求するのに対し、ただちにこれを拒否する態度に出るべきではないと考える。したがつて、前記非難は失当であるといわなければならない。

三、次に、右羽沢(浅井)輝雄が昭和四〇年七月六日死亡し、一審被告肆矢、同佐藤を除く一審被告八名がこれを相続し、訴外人の権利義務一切を承継したこのは一審被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。しからば、一審原告は、右一審被告ら八名に対し、本件土地につき愛知県知事に対し農地法五条の規定による許可申請手続をなし、かつ、前記所有権移転請求権保全仮登記(附記登記を含む。)の本登記手続をなすべきことを求める権利があるというべきである。もつとも、右本登記手続請求は、将来の給付の訴であるけれども、本件訴訟における一審被告らの態度に徴し右知事の許可ありたる場合においても同人らの任意の履行は到底これを望み得ないと認められるから予めその請求をなす必要ある場合にあたるものというべきである。

四、一審被告肆矢、同佐藤の有する前記所有権移転登記、停止条件付所有権移転仮登記、根抵当権設定登記は、一審原告が附記登記により譲渡を受けた前記仮登記に後れるものであることは明らかであるから、一審原告において県知事の転用許可を受けたうえ右仮登記の本登記をなす場合においては、これについて承諾をなす義務がある。しかして、一審原告のこの請求もまた将来の給付の訴に属するというべきであるが、これについても前項同様予めその請求をなす必要があるということができる。《以下、省略》(伊藤淳吉 宮本聖司 土田勇)

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